June 12, 2005
ファコム・ハイタック株式会社(2)
こんにちは、森田です。
ファコム・ハイタック株式会社に面接に行くことがほぼ決まる。僕はまだこの会社が何の会社なのかほとんどわかっていなかったのだけど、面接という類には変に自身があったので、気楽な気持ちで東京に向かった。他に2名同タイミングでR大学から受ける。3名が先輩との待ち合わせ場所に向かい、まずは控え室のようなところで模擬面接を。ここで僕はひどく緊張してしまったようで、練習してくれた先輩も途中から首をひねる始末。むむむ。やばい。お昼を食べたのだけど、なんとなく僕の周囲だけ重い雰囲気。
さて、本番の面接。けっこう開き直った僕はサークルのことや、第三世界を旅して回ったこと、登山に熱中したことなど、まるで「コンピュータ」とは関係ない話題を話しまくる。だって、まだコンピュータを事業とする会社に入る気がしていなかったんですよ・・・ほんまに。単に、「大日立」の一角のなんだかちょっと違う怪しいセクションに「選ばれて」入るというような気持ちだったのです。
本番に強いのか、そつなく面接終了。心配していた先輩方も僕の晴れ晴れしい顔を見てほっとした様子。実はこの時点で面接を受けていた連中はよほど問題ない限り、ほとんど内定していたとのこと。まぁ、バブル入社ここに極まれりですね。最終的に、200人が入社することになるのだけど、内定者が何人だったかは不明。
さて、一週間ほどで内定の案内があった。僕のあっけない就職活動が終わったわけだが、それから何度か先輩方に呼び出しを受けて、居酒屋やホテルのレストランでご馳走になる。東京でも「こんなに旨い物は食べたことが無い」というぐらい貧乏学生の目が丸くなるような料理をいただく。形だけの就職活動は親を喜ばせるような意味合いで香川で続けたりしたが、もう行く気も無く、僕は大学後半はカナダに行ったり、山歩きを楽しんだりの日々を満喫する。
内定日である、1991年10月1日。東京の某所のホテルで、約200人の内定式。ファコム・ハイタック株式会社であるはずだけど、富士通系の内定者は別の場所だと。僕はちょっと富士通系の内定者と会えるのを楽しみにしていたんだけどな。この頃になると、ファコム・ハイタック株式会社が、富士通と建物は同じだけど、違う階で働いていることや、地方ではひとつのフロアを共有していること。そこまで同じ会社を装っているのに、なぜかビジネスでは競合していることなどを知る。不思議だ・・・。
が、不思議な想いもその辺まで。僕は内定式から一ヵ月後、驚愕することになる。
(このシリーズ続く)
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