IT業界ウォーズ


August 11, 2005

大企業に就職するということ(4)

工場実習を語るときに、忘れられないことがひとつあります。僕らはハードワーク系の茂原工場に2ヵ月半幽閉が決まったのですが、10人ほどの少数のグループがありました。確か多賀工場組だったように記憶しています。

そのグループは、派遣先の工場に行く前に、なにやら数日間修行に行くとのこと。用意するものが、支給品もあったと思いますが、

・白いスニーカー
・白いシャツ
・白いズボン
・白い帽子

・・・・。どういうこと?KKK?

どうやら、伊勢に行って、滝に打たれたり、掃除したり、いろいろ修行するのだとか。当時は知識もなかったのですが、「修養団」という有名な団体の研修だそう。参加が決まったメンバーは当然文句言いまくりです。僕と同じ、当時は左寄りとされたR大学出身者も混じっていて、バブル世代の得意技でもある、権利主張と、不公平感のぶちまけ、人事の論理矛盾を追及しますが、

「もう決まってます」

の一点張り。僕らは、「重いブラウン管を永遠に夜中も運ぶよりええでないか!わははは。精神注入してきてもらえ!」と他人事。

と、そんなことがありました。彼らに後で聞いた話はなかなか興味深いものでしたが、伊勢の修養団といえば、全国にもファンが多く、実際、多くの大手企業、教育機関が研修に取り入れている団体です。なので、あまり多くは書かないようにします。検索すればいくらでも情報出てきますので参考にしてください。


(次回からは新シリーズです)

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August 09, 2005

大企業に就職するということ(3)

入社してしばらくは事業部全体での研修が続きます。二子玉川の当たり障りの無い臨時に借りた部屋で、当たり障りの無い、眠くてどうしようもない研修。講師が現場の部長代理(課長みたいなもの)だったり、主任クラスだったりするのですが、どうにも準備不足が見えてしまう。それでも真面目な我々はなんとか二週間を乗り切ったわけです。なんといっても、同じ事業部の新入社員が200人いて、その4人に一人は女性。嫌でも多少浮かれます。

しかし研修中、衝撃的な事実を知ることになります。なんと、4月の最終週から6月いっぱいまでは、工場実習といって、日立の各工場にバラバラに配属され、ラインの作業を実習するのだと。話だけ聞くとインターンかなにかのようなものと思うかもしれません。僕らもそう思ってました。それにしても、新人を3ヶ月も本来の配属とは関係の無い工場に、「日立精神」を学ぶために預けるとは、なんという余裕。今では考えられませんね。

合同の研修の最終日に派遣先の工場が発表されました。日立工場をはじめ、日立が誇る大工場に、ほぼ五十音順に配属されていきます。が、なんだか数名、飛ばされているような・・・。しかも、ごつい連中ばっかり・・・。で、最後に、「茂原工場、XXさん、XXさん・・・・森田さん。以上。」と、どー見ても、武闘派ばっかり。国体選手や武道の有段者揃い。人事の担当者もなぜか半笑い。茂原工場組が担当者に詰め寄ります。

「どーいうことなんです?」
「うーん。まぁ、茂原工場は元気が無いといけないんですよ。」
「それって、どういうことなんですか?」
「うーん、ブラウン管工場なんだけど、重いと言うか、熱いと言うか、眠いと言うか」

話を総合すると、茂原工場は、ブラウン管工場で、24時間操業。工程によっては、重いブラウン管を運んだり、熱源の近くで作業したり。しかも3交代制で、実習生もその3交代制に組み込まれるということ。逆境、しかもそれが少数派なら大歓迎の僕は心の中で「おもろいやん」と感じていたのだが、そんな甘い考えは露と消えることになるのです。

(このシリーズ続く)

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July 07, 2005

大企業に就職するということ(2)

入社の日がやってきました。着慣れないグレー、紺のスーツの面々が、100人以上ほぼ同時に寮を出て、会場であるヒルトン東京ベイ(ドラマではホテルオラトンで有名)に向かいます。隣接している、コンベンションホールでその年の入社式は行われたのです。駅に着くと既に長蛇の列・・・。話では、院卒、大卒、高専卒で2,700人だとか。新聞報道よりも数字が多いです。

我々「ファコム・ハイタック株式会社」で内定を受けたものは、別枠になっており、「ファコム・ハイタック株式会社」の黄色い封筒を持って、指定された席に着席します。200人。ちなみに、「ファコム・ハイタック株式会社」では、富士通の「青」、日立の「黄」をより強調して使っていたようですね。すべてのものが黄色っぽいということが入ってから分かりました。始まるまでにはかなり時間があったのですが、全員が着席するまでには30分以上かかりました。しかもウルサイ。それでも始まる前には静かになるのですから、日本の軍隊的教育の刷り込みはさすがですね。アメリカではこうはいかないでしょう。

式は進んで、当時の社長の式辞が始まりました。大ホールの席からは、なんというか、ほんま顔の表情さえ見えません。蟻んこみたい!結局、生で社長の顔を見たのはこれが僕の日立時代では最初で最後でした。平社員からは10階級ぐらい上になるお方なのですが、その差以上を僕は今後感じることになります。

山のようにいる役員紹介があって、その後、「世界不思議発見」のスポンサーだったので、黒柳徹子さん他からビデオレターが届きます。ここが一番盛り上がりました。その後も延々と説明などが続き、やっと昼ごはん。弁当なんですけど、これが大変。弁当を取りに行って戻ってくるだけで小一時間かかる・・・。大渋滞。

と、ロビーでうろうろしていると、大学時代、僕が所属していたサークルを「女が少ない」という理由で一ヶ月で辞めた友人Tの顔が。「なんでお前がおんねん」とお互いがびっくり。そうこうしていると、なんと高校時代の同級生の女性、Hさんも発見。「え?なんで?」・・・・。2,700人も同期がいると、旧友もけっこう混じるのですね。

その後、所属がはっきり決まっている我々以外は配属部署が発表!数日分のホテルで泊まれる荷物だけで来てるらしく、いきなり遠地に飛ぶもの、思いと全然違う仕事に着くものと、初日からけっこうドラマ。僕たちも正式な部署名が判明した。公共情報本部、略して「公情本」。日立ではなんでも略すんだとか。略すといってもこれは正式に決まっている略称で、勝手に略してはいけない。しかも、丸で囲むことで、「敬意ある略」となるのだ。

そんなこんなの一日だったんだけど、各地に散らばっていく多くの二度と会わないであろう同期を横目に(実際、友人Tと、高校同級生Hさんは同じ部署という超偶然があったにもかかわらず、僕はその後彼らに会っていない・・・。あ、Hさんとはお互いやめた後に再会したな。)、「公情本」の面々はまた寮に戻っていくのでした。

が、会場から出るだけで、また一時間近くかかるのでした・・・・。大変。

(このシリーズ続く)

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June 26, 2005

大企業に就職するということ(1)

森田です。本格的ウォーズネタの前に昔話をもうしばらく続けます。(いつまでw)

さて、株式会社日立製作所への入社日が迫ってきました。ぼーっとしていたら大量の入社前説明資料が。引越しは3月29日ということで。実家に段ボールが先行して届きまして、これに詰めろと。「日立物流」と書かれています。布団とベッドとテレビと段ボール4箱。なんとわずかな・・・。

寮に入るのですが、二人部屋。8畳間(和室)を二人で使います。畳の間にベッドはどうよと思うのですが、少しでも空間を有効に活用する必要があるので持って行きます。部屋の相棒が偶然、同じ大学の同じ学部の知人だったのでシェアするものを事前相談。この時代に二人部屋かよぉという気持ちは消えないのですが、社会人のスタートとはこういうものなんだろうとあきらめます。寮に入らずにすむほどの金はないですからね。

いよいよ引越し。いわゆる、「上京」というやつです。いろんな地方出身者が東京に集まってくる構図は「集団就職」の時代と変わらんなぁという思いをいだきつつ、荷物は先に会社がチャーターしたトラックが持っていきました。僕は新幹線で東京に向かいました。携帯もない時代でしたので、彼女に「今から行きますね」と駅の公衆電話から連絡を入れます。

蒲田から東急に乗り換え、矢口渡(やぐちのわたし)という駅が最寄り駅。着いてみると僕と同じ立場のそれっぽい人間が何人か同時に降ります。それぞれ意識しつつも地図を片手にそれぞれ寮へ。

寮自体は新しく快適そうな概観。何台か車やバイクが停まっていて、これは社員のものだろうかなど想像しつつ中へ。やっぱり最初はR大出身者6名ほどでグループを形成してしまいます。僕の場合は大学時代でもかなり仲の良かった友人と、かつその友人で部屋の相棒もいたりで、寮生活スタート時から、なんだか賑やかな出だし。賑やかなことが何より好きな僕はけっこう満足。

ただ、部屋にモノを置いてみて、その狭さと、どんなに仲がよくても共にひとつの部屋に生息するという環境にはやっぱり不安を感じるのでした。周辺も100人ほどの同期の人間(しかも男ばっかり!)がいて、風呂も食堂も洗濯場も共有。うーむ。耐えられるだろうか。

(このシリーズも続く)

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June 17, 2005

ファコム・ハイタック株式会社(4)

ファコム・ハイタック株式会社に内定して喜んでいたのに、平凡な(失礼!)株式会社日立製作所への入社手続きが進む。大学の就職課に出向いて進路決定先の届出を出した。聞けば日立には30人以上進むんだとか。なんだそれ。マイナー志向の僕がこんな就職するとは・・・。新聞報道を見ると日立の採用数は企業の中でも最大の域で、大卒、院卒だけで2,500人を超えるのだとか・・・。

余談だが僕は高校時代に2回パソコンを買った。当時は貧乏だったのでアルバイトをして親に借金を返しつつだったのだけど、1台目はシャープのMZ-1500。クイックディスクというのが付いたパソコンで、僕はその先進性に普及機の疑いを持たなかったんだけど、シャープの大量宣伝広告費にも関わらず、その後消えていった。2台目は、富士通のFM-New7。名機FM-7の安価モデルチェンジ版。既にFM-77AVとか先を行ってる機種もあったんだけど、金もないのでこの辺で手を売った。が、その後のNECとの争いに負けて、FMシリーズもアダルトゲーム以外では劣勢を強いられる・・・。まぁ、僕は車も含めてマイナー路線を歩んでいるわけだ。セガサターンも買ったことあったな。

で、いよいよメジャー日立への入社が見えてきた。愛機FMシリーズ(タモリCM出演)の富士通ではなく、何の因果かゴクミのH1の日立。ちなみに、NECは武田鉄矢だったのが、途中で売れ出してから斉藤由貴へ。FMシリーズも南野陽子で反撃に出たんだけどなぁ。(余談ばっかりですが、今の昼ドラの南野陽子はいいですね。母親役が素晴らしい)

ファコム・ハイタック株式会社の残骸と言うか、すぐにはALL日立の仲間入りってわけでもないようで、大阪の淀屋橋の日立の関西支社で行われた健康診断以外はほとんど製作所とは別行動。寮も独自の寮だと。当面は、九段下の事業所に通い、半年以上の研修が始まる。

僕は一度香川の実家に帰って、荷物を整え、東京に上京することになる。当時既に僕は今のかみさんと付き合っていて、今後始まる遠距離に寂しさもひとしおだった。カラオケに行って、「なごり雪」やオフコースの「さよなら」などを歌うと涙が出たものだ。そうそう、例の「いちご白書をもう一度」もいいねぇ。自分の電話というものさえなくなる寮生活。しかも大貧乏!彼女は実家で集めてきたいろんなテレホンカードを山のようにくれたのでした(どっかのおっさんのホールインワン記念とか)。

さて、次回からは新シリーズです。

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June 15, 2005

各省庁の情報システム運用費、1000億円弱の削減可能?

こんにちは、Mr.Xです。仕事が詰まってるのに投稿してます。

中央官庁が保有する、大型コンピュータシステムの運用費関連の記事が、YOMIURI ONLINE に掲載されておりました。
ここ最近コンピュータ専門誌やビジネス専門誌では度々取り上げられていましたが、一般の新聞サイトでも実態の一部が表面化しました。

■省庁のITシステム運用費、950億円削減可能が判明(YOMIURI ONLINE より)

この中で紹介されています社会保険庁の「社会保険オンラインシステム」ですが、ITベンダー側(NTTデータ、日立製作所 etc)の問題も有りますが、発注側の社会保険庁がITベンダーに丸投げしている姿勢もかなり大きな問題だと思われます。
この様な事例は、他の中央官庁・地方自治体等でも多く見られ、基幹系のIT関連システムの主契約者が二十数年以上同じITベンダーが随意に近い形で契約している事例は珍しい事ではないのです。

受注側の大手ITベンダー(富士通、日本電気、日立製作所、NTTデータ等)に全てを期待するのではなく、発注側である中央官庁・地方自治体が真の目利きにならないと、この様な状況は未来永劫続くと思われます。

IT産業の育成の為にも、より門戸を拡げて欲しいものです。

※関連サイト
■社会保険庁 ウェブサイト

■衆議院議員村越祐民君提出社会保険オンラインシステムに関する質問に対する答弁書

■企業研究シリーズNTTデータ

■「総務省の情報通信政策の最近の動向」総務省・今川拓郎氏


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June 14, 2005

ファコム・ハイタック株式会社(3)

こんにちは、森田です。こんなに間空けず書く気はないんですが、書いてますね(笑)

内定式から一ヵ月後の1991年10月31日。なぜだか東京の某所に内定者が全員呼ばれた。通知らしきものは内定式で終わったし、入社まではまだまだたっぷり時間があるのに、なんだろう?とR大での内定者集まって相談。わけわからんやつらが集まってもなんもわからん。たぶん、なんかまた内定者縛りみたいなもんだろうと当日を迎える。

京都駅で新幹線に乗り込んだファコム・ハイタック株式会社R大内定者数名。同じ学部のY君が駅のホームで買った日経の5面ぐらいの見出しを見て、一同、驚愕。

「ファコム・ハイタック株式会社、発展的解散。」

えー!?

え、えー!?

発展的解散?発展的とはいえ、解散は解散。って、発展的って何?一ヶ月前のあのニコニコ顔の内定式はなんだったのよと。詳細読むも、まぁ、時代の要請が終わったとかなんとか、よく分からんことしか書いていない。うーん、内定した会社が解散かぁ。

新幹線の一部のリクルートスーツの数名が異様な盛り上がりを見せつつ、東京駅へ。会場のホテルに着くと、これまた興奮状態。しかしまぁ、天下の日立と富士通。恥ずかしいようなことはやるまいよ、とみんなそれなりに平静。バブル世代の余裕と言うやつでしょうか。僕は母親に言ったものだった。「日立がつぶれるような事はないよ。日立がつぶれる様な時代が来たら、もうそれこそ、日本中終わってるからどこの会社にいても同じだって。」けど、まさか入る前に振り回されるとはなぁ。つーか、この時が僕の保守性のピークだな。今こうして振り返っていると同じ自分かと不思議だ。大学時代に、かなり左派的な感覚も学内にまだ充満していたので、けっこう反体制的な気持ちもあったのだけど、「就職が決まって髪を切ってきた時もう若くないさと君ははしゃいでいたね」の「いちご白書をもう一度」を地でいくとはなぁ。

会社側から説明。まぁ、筋だって聞けばなんの問題もない。株式会社日立製作所への内定に代わるだけだ。配布資料と数分の説明で理解できる。が、理解できないやつも多いんだな。念のための念のための念を押して聞くような質問をしている。新事業部ができて、全員そこに入るのだ。やる仕事は一緒。残って会社の担当者にあれこれ追加で質問してるのもいたが、僕らは早々に引き上げる。

正直、ちょっと残念だった。親や周囲に就職先の説明をするのは簡単になったけど、特別なミッションを帯びた会社に就職するような高揚感があったのに。残念だ。急に普通のサラリーマンになるんだなと感じ始めた。僕はJICAや宇宙開発事業団のようなところを最初就職先に考えていただけに、平凡になるのがちょっと嫌だった。

が、この解散したファコム・ハイタック株式会社の帯びたミッションが別のところであって、それ自身はまだまだ続くってことはかなり後で知ることになる。僕はまだ「日立」ってところにピンと来てなくて、そもそも前株か後株かもよく分からず、かつ、「日立制作所」と書きかねない状況だった。アブね。

(このシリーズ続く)

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June 13, 2005

噂は本当だった! MacにPentiumを搭載!

こんにちは、Mr.Xです。

噂は本当だったのか...アップルコンピュータがインテルのMPUを採用とは!
感慨深いものがありますね。
アップルコンピュータとしてはiPodが好調な時に勝負を仕掛けたという事なのでしょう。米国のIT業界は、ほんまダイナミックな動きをしますね。

■噂は本当だった! アップルコンピュータ、MacintoshにPentium 4を採用へ

■S・ジョブズ、認める--アップルのインテルチップ採用が確定

■アップルのインテルチップ採用に、関係各社の反応はさまざま

■驚嘆、懐疑、興奮、悲しみ・・・「アップル、IBMと決別」にさまざまな反応

■アップルコンピュータ、スティーブ・ジョブズ氏の基調講演を配信

これで、PC系のMPUはインテル一色になるという事になってしまう状況に。
弱肉強食の世界ですのでしょうがないのでしょうが...
ただ、これでMacのMPUが非力で仕方なくWindowsPCを使っていた人には福音になるでしょう。WindowsPCに負けないパワフルなMacをクリエーター関係の人は待ち望んでいましたので。
Pentium搭載のMacが出荷されたら久しぶりに使ってみたい気持ちが、ふつふつと沸いてきますね。
これからのアップルコンピュータの展開は目を離す事ができません。

※関連サイト
■アップルコンピュータ ウェブサイト
■アップルコンピュータ(米国) ウェブサイト

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June 12, 2005

ファコム・ハイタック株式会社(2)

こんにちは、森田です。

ファコム・ハイタック株式会社に面接に行くことがほぼ決まる。僕はまだこの会社が何の会社なのかほとんどわかっていなかったのだけど、面接という類には変に自身があったので、気楽な気持ちで東京に向かった。他に2名同タイミングでR大学から受ける。3名が先輩との待ち合わせ場所に向かい、まずは控え室のようなところで模擬面接を。ここで僕はひどく緊張してしまったようで、練習してくれた先輩も途中から首をひねる始末。むむむ。やばい。お昼を食べたのだけど、なんとなく僕の周囲だけ重い雰囲気。

さて、本番の面接。けっこう開き直った僕はサークルのことや、第三世界を旅して回ったこと、登山に熱中したことなど、まるで「コンピュータ」とは関係ない話題を話しまくる。だって、まだコンピュータを事業とする会社に入る気がしていなかったんですよ・・・ほんまに。単に、「大日立」の一角のなんだかちょっと違う怪しいセクションに「選ばれて」入るというような気持ちだったのです。

本番に強いのか、そつなく面接終了。心配していた先輩方も僕の晴れ晴れしい顔を見てほっとした様子。実はこの時点で面接を受けていた連中はよほど問題ない限り、ほとんど内定していたとのこと。まぁ、バブル入社ここに極まれりですね。最終的に、200人が入社することになるのだけど、内定者が何人だったかは不明。

さて、一週間ほどで内定の案内があった。僕のあっけない就職活動が終わったわけだが、それから何度か先輩方に呼び出しを受けて、居酒屋やホテルのレストランでご馳走になる。東京でも「こんなに旨い物は食べたことが無い」というぐらい貧乏学生の目が丸くなるような料理をいただく。形だけの就職活動は親を喜ばせるような意味合いで香川で続けたりしたが、もう行く気も無く、僕は大学後半はカナダに行ったり、山歩きを楽しんだりの日々を満喫する。

内定日である、1991年10月1日。東京の某所のホテルで、約200人の内定式。ファコム・ハイタック株式会社であるはずだけど、富士通系の内定者は別の場所だと。僕はちょっと富士通系の内定者と会えるのを楽しみにしていたんだけどな。この頃になると、ファコム・ハイタック株式会社が、富士通と建物は同じだけど、違う階で働いていることや、地方ではひとつのフロアを共有していること。そこまで同じ会社を装っているのに、なぜかビジネスでは競合していることなどを知る。不思議だ・・・。

が、不思議な想いもその辺まで。僕は内定式から一ヵ月後、驚愕することになる。

(このシリーズ続く)


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June 11, 2005

文部科学省政府調達情報検索を見てみると

こんにちは。Mr.Xです。一部で、私と、森田さんは同一人物ではないかと噂が出ているようですが、別人です(笑)

前回ご紹介しました、文部科学省調達情報ですが、そのサイト内の政府調達情報検索を開きますと過去の落札案件の情報を見る事が可能となっております。

文部科学省政府調達情報検索

使い方は、

★「ご覧になりたい公告を選択してください。」から選択

 ・今回は「落札公示」を選択

★「調達分野を選択してください。」から選択

 ・今回は「スーパーコンピュータ」を選択

★「品目分類番号を選択してください。」から選択

 ・今回は「全品目」を選択

★「調達機関を選択してください。」から選択

 ・今回は「文部科学省関係全機関」を選択

★「官報公示日を入力してください。」から選択

 ・今回は「1999年1月1日~2005年6月11日」を選択

★「検索実行」ボタンをクリック

検索の実行を行いますと、検索結果が31件表示されます。
今回のスーパーコンピュータの調達は、学術向けIT関係営業を行うものにとっては最重要なビジネスであり、国産ベンダー(主に富士通、日本電気、日立製作所)や外資系ベンダー(主にIBM、クレイ、SGI、HP等)がそれこそ血みどろの争い(大袈裟...)を繰り広げている調達となっています。
話しを戻しますが、検索結果の件名部分もクリックしますと調達情報と落札しましたベンダーの情報と落札金額などが掲載されております。
北海道大学の事例ですと、日立製作所が81,637,500円(月額)で落札した事が分かります。(文部科学省関係全機関での過去6年の結果は、富士通:13件、日立製作所:11件、日本電気:4件、日本SGI:2件、日本IBM:1件となっています)
なお、文部科学省管轄以外にも総務省、経済産業省、国土交通省、環境省他等でも調達は実施されております。

それらの落札結果を見ますと、面白い傾向が殆どの機関で見られます。
詳細については、また後日。

※関連サイト
文部科学省 公式ウェブサイト
スーパーコンピュータとは(宇宙航空研究機構のウェブサイトより)


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